2019/03/23 和歌山を歩く ~昭和の残滓・トルコ風呂~
和歌山市。
大阪から南海特急「サザン」やJR阪和線特急「くろしお」で南へ約1時間。
人口約36万人の政令指定都市であるが、ここにも歓楽街が存在する。
和歌山市新雑賀町。
日本でも割と少なくなった歓楽街。要するにソープ街であるが、ここに昭和の残滓があったので見に行ってみた。
その名も和歌山グリーンホテ…というボケはナシにして、
「トルコ・エンペラー」である。
「トルコ風呂」という言葉に今の人はあまりなじみがないと思うが、要するに
「ソープランド」
のことである。
「うだうだするな小僧ども。ソープへ行け。」
ってのは北方謙三の名言。
1984年、トルコ人留学生の抗議運動がきっかけになって「ソープランド」と改称されたが、今でもこんな形できれいに残っているのは和歌山くらいしかないらしい。
そして、御大の話では「エンペラー」というのもアウトだそうだ。
エンペラー=皇帝=天皇陛下。
って感じに紐づくからかな?
エンペラーにホテルを挟んで「徳川」というトルコがある。うっすらとトルコという文字が読み取れるのだが、現在は破損しているため解体が始まっていた。
つーか和歌山に限らず、トルコ風呂に「徳川」という名前は古いドラマで何度か見た記憶がある。チェーン店みたいな感じで全国展開していたのだろうか?
和歌川を挟んで裏から見る。
エンペラーは今でも営業しているが、もはや廃墟と化している徳川は外階段の螺旋階段が廃墟さを引き立てている。
紀州徳川家なんて言うが、こういう廃墟を見ると悲しいの一言に尽きる。
エンペラーや徳川から北へ。ぶらくり丁を超えていくと変わった看板がみられる。
これはネオン管を光らせて、「トルコ」と読ませるらしい。
横から見たほうがわかりやすかもしれない。
今や黒塗りのソープランドとして経営しているが、ここは元「病院」という名前のトルコ看板があった。
詳しいことは大阪Deep案内を見たほうが早いかもしれない。
「女子寮」というソープランドもあるのだが、どう見ても建物が女子寮には見えない。
女子寮というより「大奥の間」ではないだろうか…と邪推する。
廃墟となった「吉村ビル1号館」である。
「サパークラブ不夜城」というのはあまり聞きなれないと思うが、ホストのいるキャバクラだと思えばいい。ホステスの代わりにホスト。でも、男性客がいますしカップルなんかでも来る店。ゲイ店やホストクラブとも違う。
「エステティックサロン2000年」ってピンサロだろうか。それにしても40分1万円ってえらい高いな。花びらとあるから回転制なのだろうか。本サロ、ちょんの間だったら安いほうだと思うが…
取り扱いカードのUFJカードのロゴをみる限り2005年までは健在だったことはわかる。
吉村ビルのわき道を入っていくと真っ先に目に付いた白い扉「紳士倶楽部」
盛り場にある紳士倶楽部。どんな紳士がいるんでしょうね。
さらに奥には「ぶゞ漬 つぼみ」という店もがあった。二階の構造の見るに、ちょんの間跡じゃないかと思う。
窓の擦りガラスがとても昭和的。
こういう路地裏も見なくなった。
ぶゞ漬つぼみから外に出ようと思ったらがれきの山である。
裏に回ってみれば台風や地震で崩れそうな建物。すでに崩れたのかガラクタを捨てたのか、山になったガラクタの姿を見ると、かつてここに何があったのか、想像の世界を膨らませる何かがある。
かつて和歌山市内で光輝いたネオンが川面を照らしていれば、今ではインスタ映えとか言うのだろうが、なんだかんだで80年代の面影。
1990年、大阪花博で西道頓堀、兎我野町、千日前などにあったソープや歓楽街が全滅に追いやられた中、ソープは神戸の福原くらいしかない。
大阪から1時間の距離にある和歌山の昭和のソープ街。この風景はいつまで見ることができるのだろうか。